1.一度訪問したIAEA本部
ウイーンのIAEA本部へ10年前だか、国際会議の折に訪問している。特定のポジションの方に会ったわけではない。しかし館内の展示物を見た限りでは、原子力を平和的に使って未来を開拓しようという趣旨にうつる。そもそもこの趣旨が気に食わない。
伊に留学していた感じたことは、ローマは2000年の間、カトリック世界の中心であったから、世界中から人が集まってくる。一時的に勉強するための若者も多いが、そこで職を得ようという「したたかな」な連中も多い。むしろ後者の方が多い。ウイーンも同じである。神聖ローマ帝国の時代からつみ上がった国際権力機構に寄生する層というのは相当分厚い。彼らはこの俗世界でなにが必要であるかを直感的に良く認識している。原子力に安全が必要なことは子供でもわかる。
2.頭で理解したことと安全管理とは違う
国際語に長けた秀才が頭で理解した安全と、被爆国で核の脅威を実際に体験した国とでは「安全」の意味が違う。核物質とは僅かな量でもエネルギーを継続的に取り出せる便利な物質で、苦労して地中から掘り出す石炭や石油とは異なる。しかし一端連鎖的に反応を始めると倍倍ゲームでエネルギーを放出し、その制御は人間の手に負えなくなる。
これは損害保険のアンダーライターの職業リスクと良く似ている。普段は保険の掛け金という一定収入の上で豊かな生活を送っているが、一旦支払い義務が生じるとその負担金はほぼ無限大に膨張し、破産をする。先物オプション取引でも似た現象がある。1000円の権利が2~3日で500倍に膨れあがる。今回の暴落場面でも相当の破産者を出したに違いない。
3.共存できない巨大リスク
以上のように自然界に存在する現象は指数関数的に変化するが、人間の頭は線形尺度の上での変化しか認識できない。正にこの恐怖は国際語を連ねた公式文書の中には表現できない。
IAEA の内部組織がどうなっているのか、私には判らない。更にこの小文も誤解と偏見とから書かれているが、しかし人類が核と共存できないことは、国際機関から助言される迄もなく我々の方が良く知っている。
2011年3月19日土曜日
2011年3月8日火曜日
科学技術万能主義者よ、頭を冷やせ アーカイブ@2009.11
1. 人工タウンの厭らしさ
最近は恵比寿とか拠点地域に、ビルの中に人為的に作られたタウンが増えてきた。そういう場所で会合が開かれると早々に退出することにしている。何故かと言えば息苦しい、の一言に尽きる。自然の息吹が感じられない処に1分だって居られない。
まずそういう処には自然の光や草花がない、大樹もない、風もない、従って虫や鳥も飛んでこない。自然から切り離された町には生物としての人間は生きて生けない、とこう思う。
昔ローマ城外の小さな町のホテルに泊まったことがある。そのホテルの前に2ー3本の大樹があり、小鳥が沢山来て囀る。ローマでは毎年定期的に農業関係の国際会議が開かれるが、会議の出席者の中でここを定宿にしている国が多いらしい。その宿泊客の寄書きノートや帰国後送られた沢山の手紙が公開されている。その内容が面白い。大半がこういう調子だ。
「ローマは自然が無くて窒息しそうだった。それを救ってくれたのは貴方のホテルだ。ここで安息の一時を得た。有り難う、感謝します」
へー、そんなものかな?と改めて樹木一本の力を見直した。
そういえば伊の宿のミシェランの評価は随分変わっている。フランスは料理の味一本槍だが、伊で一つ星の宿へいくと選定の基準がかなり違う。選ばれたホテルやレストランでは緑の豊富な庭があったり、小奇麗な絵が飾ってあったり、自然との調和が基準の一つになっている。
2. 人間性回復とは
人間が人間であること自覚するのはやはり自然の発見が重なるのではないだろうか?
四国のお遍路とか、佐渡とか、そこでは人間が自然とともに生きている。人間が人間に戻った時、繁殖意欲が湧いてくるのだ。小鳥も居ないような空間で人間を再生産する意欲が出て来る筈がない。最近佐渡のトキの繁殖が話題になっているが、鳥は非常に環境に敏感な生き物で、人為的に繁殖させるのは特に難しい。しかし徹底的に放置すると自分で連れ合いを探してくる、不思議な生物である。
聖書の教えも基本的に人間性回復の教えだと思う。教会は「神」なる言葉を乱発するが、その底に流れているのは人間の発見であると思う。聖書の教えで最も大切なのは「バベルの塔」の例え話しである。あれ以来人間はコミュニケーションを失った、とミラノの司教は書いている(註1)。それは人為的なものが如何に人間の本姓、固有の環境適性を壊すかの逸話である。
3. 科学技術万能への警戒信号
テレビではノーベル賞受賞者が吼えている。しかしここで大学関連経費と世界第1位を狙う研究とは分けて考えたい。大学関連経費についてはこの10年間、大学は定員削減で冷遇されて来たから、もうあまり叩く必要がないと思う。大体大学経費などはダムや道路に較べれば微々たる額で検討に値しない。問題は世界一を狙うと称する先端科学技術だ。ノーベル賞受賞者達の吼えるのを聞いていると、戦艦大和建造の予算削減に抗議している海軍主計将校の声明発表の場に写る。
私は安全研究で永い間、科学技術万能主義者から迫害を受けて来たから、かなり偏見があり公正ではないかもしれない。しかし最近の脳科学者が提案するあまりにも自然を無視した学説の横行を見ていると、貴方達こそ歴史の評価に堪えられますかと問いたい。
この儘人為的な世界を構築していけば、人間は人間同士の交流を忘れ、いずれ絶滅の道を歩きますよ。人間の繁殖だけはトキ以上に自然の愛が必要であり、それはスーパーコンピュータでは作り出せないでしょう。いま仕分け作業によって批判を受けることは日本人が立ち止まって考え直す良い機会だと思いますよ、と。
註1: 開け、エファッタ、女子パウロ会
最近は恵比寿とか拠点地域に、ビルの中に人為的に作られたタウンが増えてきた。そういう場所で会合が開かれると早々に退出することにしている。何故かと言えば息苦しい、の一言に尽きる。自然の息吹が感じられない処に1分だって居られない。
まずそういう処には自然の光や草花がない、大樹もない、風もない、従って虫や鳥も飛んでこない。自然から切り離された町には生物としての人間は生きて生けない、とこう思う。
昔ローマ城外の小さな町のホテルに泊まったことがある。そのホテルの前に2ー3本の大樹があり、小鳥が沢山来て囀る。ローマでは毎年定期的に農業関係の国際会議が開かれるが、会議の出席者の中でここを定宿にしている国が多いらしい。その宿泊客の寄書きノートや帰国後送られた沢山の手紙が公開されている。その内容が面白い。大半がこういう調子だ。
「ローマは自然が無くて窒息しそうだった。それを救ってくれたのは貴方のホテルだ。ここで安息の一時を得た。有り難う、感謝します」
へー、そんなものかな?と改めて樹木一本の力を見直した。
そういえば伊の宿のミシェランの評価は随分変わっている。フランスは料理の味一本槍だが、伊で一つ星の宿へいくと選定の基準がかなり違う。選ばれたホテルやレストランでは緑の豊富な庭があったり、小奇麗な絵が飾ってあったり、自然との調和が基準の一つになっている。
2. 人間性回復とは
人間が人間であること自覚するのはやはり自然の発見が重なるのではないだろうか?
四国のお遍路とか、佐渡とか、そこでは人間が自然とともに生きている。人間が人間に戻った時、繁殖意欲が湧いてくるのだ。小鳥も居ないような空間で人間を再生産する意欲が出て来る筈がない。最近佐渡のトキの繁殖が話題になっているが、鳥は非常に環境に敏感な生き物で、人為的に繁殖させるのは特に難しい。しかし徹底的に放置すると自分で連れ合いを探してくる、不思議な生物である。
聖書の教えも基本的に人間性回復の教えだと思う。教会は「神」なる言葉を乱発するが、その底に流れているのは人間の発見であると思う。聖書の教えで最も大切なのは「バベルの塔」の例え話しである。あれ以来人間はコミュニケーションを失った、とミラノの司教は書いている(註1)。それは人為的なものが如何に人間の本姓、固有の環境適性を壊すかの逸話である。
3. 科学技術万能への警戒信号
テレビではノーベル賞受賞者が吼えている。しかしここで大学関連経費と世界第1位を狙う研究とは分けて考えたい。大学関連経費についてはこの10年間、大学は定員削減で冷遇されて来たから、もうあまり叩く必要がないと思う。大体大学経費などはダムや道路に較べれば微々たる額で検討に値しない。問題は世界一を狙うと称する先端科学技術だ。ノーベル賞受賞者達の吼えるのを聞いていると、戦艦大和建造の予算削減に抗議している海軍主計将校の声明発表の場に写る。
私は安全研究で永い間、科学技術万能主義者から迫害を受けて来たから、かなり偏見があり公正ではないかもしれない。しかし最近の脳科学者が提案するあまりにも自然を無視した学説の横行を見ていると、貴方達こそ歴史の評価に堪えられますかと問いたい。
この儘人為的な世界を構築していけば、人間は人間同士の交流を忘れ、いずれ絶滅の道を歩きますよ。人間の繁殖だけはトキ以上に自然の愛が必要であり、それはスーパーコンピュータでは作り出せないでしょう。いま仕分け作業によって批判を受けることは日本人が立ち止まって考え直す良い機会だと思いますよ、と。
註1: 開け、エファッタ、女子パウロ会
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